私が政治を目指した原点
私が病院で看護師として働いたのは9年弱です。 働き始めたときは、小児がん特に白血病などの血 液のガンの子を看護していました。 そのときにちょうど知ったのが、薬害問題でした。 その当時の大臣が謝罪をしたことに衝撃を受けた ことを覚えています。 それと同時になぜ、今まで黙っていたのか? が不思議でした。大切な命を預かっている立場と しては、薬剤は安全でなければなりません。 私たちは、出されている薬などを信用して使っ ています。それなのに、どうしてこのようなこ とが起こるのか納得いきませんでした。 そして、今同じような出来事が繰り返されよう としていることに気づきました。 また私は一度日本を離れ、外国で生活をしました。 その時、日本も情報統制されていると思ったのです。 ニュースではどこも同じことしか言わない。 外国のニュースはほとんど入ってこない。 世界でどのようなことが起こっているのかさえわ かりにい感じだったのです。 そして、学校では「個性を大切に」と言われてい るのに、現場では先生も忙しく子どもたちに目が 向けられていないのが現状でした。 だからこそ、市民目線・ママ目線・主婦目線も必要 だと思い、声をあげていこうと思いました。
私の思い
私は、看護師として医療現場、ケアマネジャーと
して福祉の現場、そして今は障害者福祉の現場で
看護師として働いています。
医療・福祉の現場で感じたことは、みんな一生懸
命に「いのち」と向き合っていること。その患者
さんや利用者さんに、少しでも笑顔で日々を過ご
していただくにはどうしたらいいのか?を考え、
お手伝いをすることが大好きです。
そして、たくさんの笑顔をもらえることで、かえ
って私自身元気をもらっていました。
それは今でも変わりません。
でも、今はコロナの影響で、環境が激変しました。
子供たちも大人も高齢者の方もどこか元気がなく
なり、街も活力がなくなっているのを感じます。
岩倉市は転勤される方も多く、それゆえに違う土
地から来た人でも温かく迎えいれてくれる街です。
17年前に岩倉市へ引っ越しをして、第一子の子育てで不安の中、たくさんの地域の方や同じ子育て中のママたちに支えられながら生活をしてきました。
違う土地から来た人も温かく迎え入れてくれるのが岩倉市です。
今度は、子供たちの未来のため、伝統と歴史ある岩倉市を守るために、私の時間と元気を尽くしていきたいと思います!